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あなたの足元は「加古川産」くつ下かも!

2018/10/22


 

加古川は日本の三大くつ下の産地のひとつです。

 
東京都、奈良県、そして兵庫県が全国の「三大くつ下産地」といわれています。兵庫県の中でも加古川市周辺は、全国有数の取扱量を誇っていて、兵庫県で作られるくつ下の約半分が加古川市周辺生まれです。
 

加古川くつ下の歴史

 
・はじまりは明治19年。

兵庫県下でのくつ下製造業の発祥は、「明治19年に印南郡志方町(現加古川市志方町)の住民である稲岡啓吉さんが、上海から手押しのくつ下編み機を持ち帰り、製造を始めたことによる」とされています。
また、別の記録として『志方町史』には、「明治33年。大阪から和田猪之助というひとが、じぶんで製作したくつ下の編み機を10台あまり持って加古川市志方町(当時は印南郡志方町)横大路へ来て、農家の納屋を借りて仮工場をつくり製造をはじめたのが加古川におけるくつ下製造のそもそもの草分けである」と記載されています。
 
・機械化が進んだ大正

はじめのころは農家の副業だったくつ下の製造が、大正初期には半自動で動くくつ下編み機、大正13年には、自動編み機がアメリカから輸入され機械化がすすみました。
それにより、どんどん技術革新が進み、生産も拡大していきました。
 
・昭和24年、日本一のくつ下産地に

自動編み機が普及し、工場も組織化されていきました。神戸港に近い立地を生かして世界各国へ輸出。くつ下は、日本を代表する輸出品となっていきますが、やがて戦争がはじまります。
そして、戦後をむかえ、たくさんの苦難を乗り越え復興していく中、加古川市周辺は日本一のくつ下産地となったのです。
 
・そして現在。兵庫県は、東京、奈良に続いて、全国3番目のくつ下の製造シェアをもっています。兵庫県産のくつ下の約半分が加古川周辺で取り扱いをしています。
 

くつ下ができるまで ――くつ下は職人さんの手で作られるーー

 
① くつ下は、他の繊維と生地の作り方が全く違います。円筒状に編立られ、最初方らくつ下の形で生地が作られます。
 

 
② 編立てられたくつ下は、1枚ずつつま先部分を縫い合わせる作業に入ります。この工程はほとんどが手作業。履き心地に関係する重要な部分です。
 

 
③ つま先やかかとなどの検品を行います。このとき使う板は、見やすいような白色や電光板を使うこともあります。
 

 
④ アルミ製の足型に1足ずつ靴下をはめて蒸気でセットします。生地の原材料や風合いによって上記の圧力や乾燥時間が調整されます。この調整によって洗濯後の収縮を少なくしたり、形を整えたりができます。
 

 
⑤ ロゴマークやキャラクターなどを刺繍ミシンで入れていきます。
 

 
⑥ 検品は、1枚ずつ人の手と目で確認していきます。店頭に並ぶハンガー付けなど加工していきます。
 
 
全国有数の取扱高を誇る「加古川のくつ下」は、加古川市を代表する特産品。
海外産地にはまねできない、質の高い生産力こそ加古川くつ下の売り物です。
そして、特化した設備で特殊素材の使用にも力を注ぎ、健康、スポーツ、ファッションなど付加価値の高い商品開発をしています。
「MADE IN KAKOGAWA」の靴下、手に取られる機会がありましたら、その履き心地と質の高さをぜひおためしくださいね。
 
 

加古川くつ下工房キップス
 
 

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